名刺作成をしてもらうようにしたほうがいい。自分でオリジナルを作るなど愚の骨頂。バカにしているようなものができるとまではいかないが、どこか、専門家の人とは違うものができる。違和感があると、受け取ってもらう人にも伝わってしまうので、やはり、自信のある名刺を出すためにも、名刺作成は専門家に頼んだほうがいいのではないかと思う。
◇15日から、遺跡展示館でお披露目
鳥取市青谷町青谷の青谷上寺地遺跡から弥生時代の中国製「星雲文鏡」が出土したと県埋蔵文化財センターが12日、発表した。弥生時代の遺跡から星雲文鏡が見つかったのは国内9例目だが、これまでは8例とも福岡県で出土しており、本州では初めて。青谷が弥生時代に日本海沿岸の重要な交易拠点だったことを裏付ける成果となった。【加藤結花】
青銅製の星雲文鏡は、遺跡中心域南側を区画する溝から出土した。鏡全体の4分の1ほどの破片で、重さは33グラム。大きさは41ミリ×41ミリ。円形に復元すると直径69ミリになる。鏡の図柄が星座を連想させることからこの名がついた。
これまでの星雲文鏡8例は、福岡県の首長クラスの墓から発掘されており、埋文センターの原田雅弘・青谷上寺地遺跡調査係長は「特権階級が使っていた非常に貴重なものではないか」と推測している。
現場で調査の指揮をとった遺跡調査係の茶谷満さんは「青谷が中国と直接交易を行っていた可能性もあるのではないか」と話している。
青谷上寺地遺跡は木製遺物の豊富さで有名だが、弥生時代の青銅鏡8点や中国や朝鮮半島から輸入された鉄や土器などが数多く出土。弥生時代の活発な生産活動や国内外の交流を物語る遺構としても注目されていた。
星雲文鏡は、同遺跡で出土した青銅鏡8点とともに青谷上寺地遺跡展示館で15日から30日まで展示される。
1月13日朝刊
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熊本県で3日起きた小型機墜落事故で、亡くなった医師、神田(こうだ)博さん(53)=山口県周南市=が20年前に南極観測隊員として南極から持ち帰った石が北海道北見市内の文化施設で展示されることになった。同市の料理店経営、中川吉正さん(69)が譲り受けた石で、13日、「先生の供養のため広く市民の目にふれるようにしてほしい」と同市に寄贈した。
石は赤褐色の「片麻(へんま)岩」で、幅33センチ、高さ18センチ、重さ14キロ。神田さんは、道立北見病院の外科医だった89〜91年、医療業務者として第31次南極観測隊に参加。帰国後、常連だった中川さんの店に来て「マスター、南極の石だ」と置き、以来カウンターに飾っていたという。
神田さんが北見を離れた後も交流は続いた。昨年末に神田さんから「サンマが食べたい」と連絡があり、不漁のためシシャモとイクラを贈った。神田さん夫妻の遺体発見の翌5日には、沖縄県・与那国島で撮影した2人の写真が印刷された年賀状が届いた。中川さんは「真冬なのに『足が火照る』とサンダル姿で店に来る、酒の好きな豪快な人だった。3日間、眠れなかった」と唇をかむ。
石は1月中に北網圏北見文化センターに展示される予定。中川さんは「神田さんの長男は北見で生まれた。ぜひ石を見に来てほしい」と話している。【渡部宏人】
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石は赤褐色の「片麻(へんま)岩」で、幅33センチ、高さ18センチ、重さ14キロ。神田さんは、道立北見病院の外科医だった89〜91年、医療業務者として第31次南極観測隊に参加。帰国後、常連だった中川さんの店に来て「マスター、南極の石だ」と置き、以来カウンターに飾っていたという。
神田さんが北見を離れた後も交流は続いた。昨年末に神田さんから「サンマが食べたい」と連絡があり、不漁のためシシャモとイクラを贈った。神田さん夫妻の遺体発見の翌5日には、沖縄県・与那国島で撮影した2人の写真が印刷された年賀状が届いた。中川さんは「真冬なのに『足が火照る』とサンダル姿で店に来る、酒の好きな豪快な人だった。3日間、眠れなかった」と唇をかむ。
石は1月中に北網圏北見文化センターに展示される予定。中川さんは「神田さんの長男は北見で生まれた。ぜひ石を見に来てほしい」と話している。【渡部宏人】
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星雲文鏡は、同遺跡で出土した青銅鏡8点とともに青谷上寺地遺跡展示館で15日から30日まで展示される。
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